道風境界

日本画家による日々の雑感。

周大千の日記 (八) 上海にて 1901年 8月16日

 (利瑪竇の続けて曰く)

 耶蘇、三千大千世界を超えたる不可知なる耶和華の応身なれど、沙塵の一粒と化して我らに寄り添えり。耶蘇、上帝の御子なれど、その身を差し出すほどに人を愛せり。時に万象は紂王の戎車の砂塵の如く、我らはその一粒の如くに儚く見ゆれども、されど我らは宇宙の無情なる矩を超えたるものに支えられたり。存在の内奥には、全き存在の肯定あり。そは天の愛なり。人、小さき星の欠片落ちたるだけで全て滅びる小さきものなれど、我ら故なくして宇宙に在るにあらず。

 存在の内奥より囁ける声あり、我ら故なくして宇宙に在るにあらず、我ら塵なれど塵にあらず、と。
 
 孟子曰く『人は小さき天なり』。
 
 耶蘇曰く『人は天の子なり』。
 
 されば我ら、塵の塵なれど胸張りて生きん。

 天聖子、この世の一切をその腕にかき抱き、昇りて天に繋げたり。その一つとして恨むことなく、闇に捨てたるものなし。時に闇に何かを捨てたるは、神にあらず人なり。されば我ら、諦念の中にただ座することなく、世を疎んじることなく、人として生き、歓び、悲しみ、笑い、時に憎しみ、怒り、争い、されど愛し、そして天使ならず人として死なん。われら天使と成る前の途上のものにあらず。我ら人として造られ人として生まれ、人として生き人としてのそのままに天にあげらるるものなり。されば我ら、真に人間らしい人間となりなん。


中国 茨中天主教堂 




 天は悪人にも善人にも等しく雨を降らすと耶蘇の言い給うを我らは聞く。言葉のみならず、衆生を愛しきるその人生を我らは知る。天、その源においてすべての衆生を分け隔てなく愛したまう。されば君の敵もまた神の愛し給うものなり。
 もし人、すべての人に注がれ、天地を貫きてある上天の愛に気づくことなかりせば、必ずや人の想い、自らの想いにただ迷い惑わされ、波間に漂う藻の如くに海中に沈みゆかん。あんじんそこになく、荒立つ波のままに、不安も憎しみも争いも人の心の内にてやむことなし。

 万象の内奥の愛を信ぜず、我のみ浮かばんとて人をいたずらに叩きたるは、これ逆に海に沈まんとて足にて天を叩くに似たり。我らの内奥の愛を自ら否定せなば、よって立つは闘争の大海のみ。その時、人、天魔の手を叩きて囃し歌うを聞く、
 『駈けよ駈けよ、波蹴りて。駈けよ駈けよ、夜昼も。見よ足先の波に飲まれん、見よ膝までも今沈めり。駈けよ駈けよ、今まさに、大海、汝を飲みこまん。』

 阿爸父、天の愛・地の愛を一つとなして命の柱となし、大空大海をつら抜きて天地万象を繋ぎたり。この一柱、命の梁を広げて一切の衆生を繋ぎ支えり。

 耶蘇、大海に漂いたる白鳳を抱きて上天し、白鳳まさに命を得、それ存在の見えざる深淵より、それまさに上天より福音を叫びて飛び出でたり。その眼差し爛々として、打ち下ろす翼は己の向う場所を知る。それ天に舞い、大海に舞い、地中を舞い、人の心に留まりて、
 『然り。然り。天地万物まことに此処にあり。』
と啼きつつ羽ばたけり。」

 利瑪竇、語り終えて杯を置き、物思いて月を見しが、我思わず立ち上がり、彼に十字をきりていう、
 「老師あまりに言葉多ければ、老師の言葉、一言たりとも信ずるところなし。」
利瑪竇笑いて立ち上がり、宴の礼していう、
 「君如何に思うや、われ天地より来たりしものなりや、ただ君の夢の中より来たりし幻にあらざらんや。これ、夏のひと夜の夢なり。」  
 彼、軒に手を伸ばして月を取れり。

 我、慌てて「念珠いかにせん」と問いかけたれど、すでに姿なく、ただ風に
 「‥誰かこれを見い出さん‥」
と、幽かに声の残るを聞けり。









十字架



  1. 2007/05/02(水) 11:20:53|
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周大千の日記 (七) 上海にて 1901年 8月16日

 「利瑪竇よ、愛も信も世に確かにあらざれば、人に希望なし。この無情の宇宙の永遠無限の生成流転の中にありて、我ら一瞬に目を上げ天に叫ぶことありても、またその濁流に飲まれて流転しつつ、善き事かならず悪に転じ、悪行は我らの知らぬ間に善に転じ、それまた悪行に転じて、愛のために人憎しみ、平和のために人争い、その血涙の流されぬ時なく非道無情の鎖永遠ならん。それ、たしかにこの世の常なりて、老師の語りしごとく太古よりあり、この宇宙、その業を抱きてあり。
 されど老師よ、見よ、そこに苦しみ死するは、我らなり。我らが愛するすべてなり。子の、戦火に母の死ぬるを見るは、詮方なきことと老師言い給うや。これ、わが身の上におこりしことなり。我が母殺したるは、大海にあらず、宇宙にあらず、媽媽殺したるは我らの手なり。」

 利瑪竇、扇をあおぐ手を留め、膝にすぼめ置きつつ静かにいう。
 「耶蘇、道成肉身なれど小さき虫の如くに羅馬兵に鞭打たれ、唾吐きかけられ嘲笑され、しかれども物言わず只管に十字架を担い、哥耳哥達の丘を登り行けり。多く病の人を奇跡にて救いたれど、自らは諸天善神の力に頼むことなく、裸にされ十字架に打ちつけられ、数刻の深き苦しみの後、息絶えり。

 耶蘇、道(タオ)そのものなれど人として生まれ、人として死に、その強き心と弱き心、肉身の痛み、笑い、愛、怒り、絶望、裏切りと許し、人生の悲しみと喜び、誕生と苦悩と死の、条理不条理の一切をその身に受け顕せり。それ、生きとし生けるものすべての現実なり。
 
 十字架に掛けられ、胸潰されて息も微かなまま、殴られ腫れたる目を僅かに開きて、そして耶蘇のいい給いしことはなんぞや。十字架の下よりののしり笑う人々を見、彼の言い給いしことはなんぞや。
 耶蘇言い給ふ、
 『父よ、彼らを赦し給ヘ、彼らを赦し給ヘ、彼らその為す所を知らざればなり。』

 ………汝の母の息絶えんとしたとき、母の想いしことはなんぞや、それ己を害せしものへの恨みにあらず。想いしことはただ汝なり。



耶蘇受難  



 死して耶蘇、されど音もなく蘇りて、早晨の加利利湖畔に立つ。そのさま、弟子の一人として夫子と気付かぬほどに何気なきものにてあり。君よ、再び言う、その様、抹大拉の馬利亞だに一人の園丁と見紛うほどに何気なき様にてあり。されど弟子の一人、気付きて『主なり!』と叫べり。驚き馳せ来たりし弟子達と、夫子穏やかに食事せり。されど耶蘇、客西馬尼にて囲まれし耶蘇を一人置きて逃げだしたる弟子の一人だに、ここにおいてもまた咎めることなし。
 夫子、伯鐸を誘いて湖畔に腰下ろし、しばし黙して穏やかに問えり、『我を愛するや』と。伯鐸、『主よ、我が御身を愛するは、御身が存ぜり。』と答えたり。されど耶蘇三度に渡り『愛するや』と問えり。伯鐸、主は如何なれば三度も問い給うやと訝しく思えども、直ぐに気付きて涙せり。伯鐸、大祭司の下人に頬打たれる耶蘇を見て逃げ、人に『汝、耶蘇の弟子なり。』と言わるるごとに『我、彼を知らず。天主にかけて知らず。』と、三度弟子たるを否認せり。それ、数刻前に夫子に予言されしことなり、『伯鐸よ、こよい鶏の鳴く前に、なんぢ三たび我を否むべし。』と。かく言ひ給ひし耶蘇に、伯鐸はげしく首振りて『我なんじと共に死ぬべき事ありとも汝を否まず。』と、全ての弟子に先んじて叫べり。
 これらのこと伯鐸心に秘め、深く苦しみたれど、三度の問いにて伯鐸悟れり、耶蘇の、伯鐸の重荷を除かんとて三度問いたるを。耶蘇、無常にてありたる人の現実の全てを知り給ひながら、その一切を静かに受け入れ給う。伯鐸、その主の御心を知れり。
 『主よ、知り給はぬ所なし、わが汝を愛することは、なんぢ識りたまう。』かく答えし時、伯鐸の中にて全てが鎮まり、あんじんの中にて全てが満たされり。聖伯鐸、人たりせば思い迷いて心無常にありけるも、此れより如何なるさだめに会おうとも、心のうちにて誰彼をも独り置きて逃げたることなし。この不動心岩の如くして、この上に二千年の梵蒂岡建つ。






哥耳哥達  ゴルゴダ

諸天善神  諸天使。中国語の神(シェン)の語意は、非常に広範囲にわたるため、利瑪竇はラテン語のデウスの訳語として『神(シェン)』を使うことを避け、『天主』を用いた。『神(シェン)』については、天的存在、および天使・聖人などの天的諸存在の訳語として用いた(天使は天神、聖人は聖神と訳している)。現在の中国においても、天主教(カトリック)はデウスを『天主』、耶蘇教(プロテスタント)は『上帝』と訳している。ちなみに韓国天主教ではハヌニム (天様)、韓国基督教(プロテスタント)では ハナニム(一様)と訳している。上帝は中国古来の、ハナニムは朝鮮古来の言葉でもある。
 ラテン語のデウスもギリシャ語のテウーも、ギリシャ神話のゼウスおよびインド神話のデーヴァと語源を同じくする、インド・ヨーロッパ語族の言葉だ。ヘブライ語のエロヒムとはまた語源が異なる。
 聖經新約全書(新約聖書)は、ヘブライ語ではなくギリシャ語で書かれており、そのはじめから翻訳を運命付けられた經典といっていいと思う。世界各国で翻訳される中で、そこには色濃くそれぞれ民族の特徴・文化や伝統が顕れてくる。
 
加利利湖畔  ガリラヤ湖畔

抹大拉の馬利亞  マグダラのマリア

客西馬尼  ゲッセマネ

伯鐸  ペテロ。本名は西門(シモン)。耶蘇基督の十二門徒の一人で、耶蘇の帰天後、原始教会の指導者になった。耶蘇によって磯法(ケファ。亞蘭語で岩の意)とあだ名される。伯鐸は磯法の希臘語訳

梵蒂岡  バチカン。梵蒂岡の聖伯鐸大聖堂は、聖伯鐸の墓の上に建っている。
 羅馬皇帝尼禄(54年-68年)によって基督教徒達が虐殺される中、年老いた伯鐸の身を案じ、また指導者を失うことを恐れた信徒達によって、伯鐸は帝都から出ることを懇願される。一度はそれに応じた伯鐸だったが、帝都を出たとたん、彼の目の前を耶蘇基督が横切った。『主よ、何処へ行かれ給ふや?』”と、思わず声をかけた伯鐸に、耶蘇は振り返らず“『ふたたび十字架にかかりに、帝都へ行く。』”と答えて消えたという。伯鐸ははっとして帝都へ引き返し、そして殉道した(と伝承されている)。
 耶蘇は生前、伯鐸にこう言ったと、聖經では伝えられている、
「汝は伯鐸(岩)なり、我この磐石の上に教會を建てん、陰間の權柄これに勝つこと能ず。我、天の鑰匙を汝に与えん。」(瑪竇福音十六章十八節)
 これにより伯鐸は、天主公教会の初代教皇とされている。


  1. 2007/04/29(日) 23:44:55|
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周大千の日記 (六)  上海にて 1901年 8月16日

利瑪竇、続けていうには、
 「君 忘れたりしや、いま一人の厩戸の御子あり。御子の、愛をもて尊しとなすと言い給いしは、是、深き悲しみの海丘にあり。その十字架、荒波より出でて蒼穹に立つ。此れ、我等の魂なり。
 君、忘れたりしや、早晨の加利利湖耶蘇の湖面を独り歩きたるを。その指先の一つだに湖に沈むことなし。
 耶蘇の愛は悲しみの海に沈まざる船なり。この大海に浮かぶ箱舟なり。弱きものも強きものもこの船に乗る。心安かれ、君は君にてあれ。いつも歓びてあれ。見よ、傍らに静かに目を閉じるは耶蘇なり。いかで嵐を恐れんや。
 憎しみは自然なり。ただ、君の中に持たずに耶蘇に預けよ。そのとき、念珠もとより君の心のうちの一切離して、耶蘇に預けよ。こいねがうのではなく、子供の、見つけしものを差し出すごとく彼に預けよ。
 座して胸張り、心静かに深く一息し、まなこ閉じて今此処に天聖子の臨在せんことを祈り、その一切を天聖子に委ね預け、心の中に渦巻く想いの一切を空にせよ。空に無名の神宿らん。それ天の聖神なり。神君の内にて留まりたれば、また立ちて櫂を取り、あんじんして君のなすべき仕事をせよ。心荒ぶり迷いたれば、またその心に持つ一切を耶蘇に預けよ。



海岸の教戒   陸鴻年 



 ‥‥只、船を愛して執着し、そこに主の乗りたるを忘れる人ここにもあり。君、これを如何にせん。」

 我、言葉なく黙したれば、利瑪竇もまた穏やかに黙し、杯を口にせり。我、彼に酒を注ぎて問いていう、
 「聖經の中に天主の言あり、
『いざ我ら共に論わん 汝らの罪は緋のごとくなるも雪のごとく白くなり 紅のごとく赤くとも羊の毛のごとくにならん。』
天主自ら胸襟を開き、人と語りあわんとすと以賽亞録したり。天は人を呼び、人は天を呼びて語り合う。されど人、あに人同士其をなすことあたわざると言いしや。」
利瑪竇、しばし黙して我を見しが、答えて言う、
 「二人の心のうちの二匹の蛇、語り合うを欲す。互いに『我、君を飲まんとするを思わず、ただ解りあうを欲す。』と語る。されどその口先より出でたる舌を互いに見、己の舌だしたるに気付かずその紅きを恐れん。蛇次第に鎌首上げ、相手より高くせんと競い合い、しまいに赤々と口あけ鋭く息吐きて『我に飲まれよ、我に飲まれよ、汝と語り合うことあたわざり。』という。」
利瑪竇、杯をあおりて笑いていう、
 「我酔えり、せんなきことをいえり。天主のいざ論わんと語りし時、人真に語りたれば、かの国今も安からん。
 天主に招かれたる人々だに天主と語り合うこと難し、まして人同士語りあうことをや。
 たとえ人同士語り合いても、是を真に信ずること難し。されどもし愛あらば、信ずること難しといえど、そこに絆あらん。愛は信に勝る絆なり。
 
 されど人の愛は信と同じに全からず。これ海丘にありて未だ浮かぶことなし。これ陰陽分かたれず形虚しく漂う白鳳なり。その眼炯炯と輝くも、己の流れ行く先を知らず。人、是を知りて命を得、此れに迷いて憎しみを得、是を失いて心虚ろにならん。」






 
hakuhou3.jpg


いま一人の厩戸の御子  イエス。馬小屋で生まれた。

加利利湖  ガリラヤ湖

耶蘇  イエス。

天聖子  イエス。

天の聖神  中国天主教において聖霊のこと。天聖神。聖人の意の聖神とは別。

以賽亞  預言者イザヤ

  1. 2007/04/29(日) 23:43:14|
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周大千の日記 (五) 上海にて 1901年 8月16日

 利瑪竇、黙して窓の外を見、扇をとりて静に扇ぎたれば、我もまた黙して待てり。利瑪竇、窓外を見つつ問いていう。
 「君、孔子を如何に思うや。」
 「敬せり。」
利瑪竇、頷きて、
 「大聖孔子、その海に沈まざる船をつくらんとて一人立ちたり。それ己がためならず人のためなり。大聖、乱世に人に排せられ、時に天魔に挑まれ苦しみ悲しみたれど、槌持つ手を止めることなし。眼閉じて耳澄まさば、その槌音、今も此処に響くを聴けり。」
我、しばし黙して耳を澄ませり、
 「‥‥槌音、我も聴けり。重々しくあらんと思いしが、神楽奏でたる如くに美しき音なり。」
 利瑪竇、しばし黙して、
 「我は知る。釈尊とその弟子達、一艘の船作りてそこに多くの人々あんじんせり。
 仏徒の一人、君を破折屈伏せんとて首を叩きて虐げるは、それ釈尊の教えにあらず。この仏徒、信心の上で己の船に執着する余り、そこに仏陀の乗りたるを忘れたり。また己の乗りたる船を愛する余り、周りの船をその目でみても、その凛然と海に浮かびたる様を見ず、ただ船の傷みばかりを数えてこれを笑う。彼、順風たりせば仏の加護と思いていよいよ周りの船を嘲笑い、嵐起これば、己の帆柱の幾度も折れしことを忘れて、隣の船の帆柱の折れたるを仏罰と思ふ。されど、これ大罪に在らず。この人を船にて運ぶは、御仏の慈悲なり。」※1


ジャンク   写真John Thomson


 我、御仏を恨みていう、
 「されば御仏は己が船に乗りしもののみ憐れみて、他の船に乗りたる我の、仏弟子によりて虐げられるを悲しく想わざりしか。仏の御名に因りて聖母の御像は打ち壊され、聖經は投げすてられ、彼、我を破折屈伏せんとてありとあらゆる苦き杯を飲ませり。」
利瑪竇笑いて言う、
 「されど君、その杯、夫子のあおりし杯に幾千万里も及ばず。尼祿皇帝によりて羅馬の聖徒に加えられし受難にも幾万里も及ばず。その苦き杯は、天主の与えし君への薬にしかず。」
我、天主を恨みていう、
 「されど、苦き薬も毎日飲まば命奪う大毒に変わりたるやも。」
利瑪竇、さらに笑いて収まらず、眼より涙いだしたるに、我、利瑪竇を恨みて鬼気と睨みたりしが、彼、袖にて涙抑え、我に酒を注ぎ、一息つきていう、
「君怒り給ふな。いざ飲みて共に笑え。笑いは智天使の羽根の如くに怨みを軽くせん。」
利瑪竇、酌せんとする我の手を留め、自ら酌して、
 「君の友の君を虐げしは、羽根の如き軽きことなり。二人に絆あり。その仏徒に愛あり。
 
 ‥‥されど、ここに深き悲しみあり。義和団の、教会を襲いて小さき信徒の害されたるは、軽きことに在らず。

 想いを尽くし、仁愛を尽くして世に広くこの道を伝えんとするは、だれかれに迫害されるとも恥ずかしきことにあらず。されど、今の欧州諸国の、仁愛によらず天主によらず、銃身に拠り頼みて道を説くは、邪義邪道なり。されば義和団の、天主の信徒を襲うは、教会の背後に砲列のあればなり。列強この国を蹂躙し、阿片売り、富を収奪し、国を引きちぎりて貪り食らう。列強の人々、力にて強制せし忌まわしき特権によりて無理矢理に古き廟を毀ちて教会を建てんとす。愛によらず力に頼りて人の心を道に折伏せんとす。
 欧州列強、世界を襲いて人々を苦しめ、略奪のさなかに聖經を持ち来たりて道を説く。同胞の悪を義さんと砲列の前に立ちて民を守らんとするもの少なく、砲列のあとに従いて、母の亡骸の上で心虚ろに泣きし子に道を教えんとするもの多し。これ新約の道にあらず。耶蘇の道にあらず。邪神邪教の道なり。
 されば、山東省にて神の小さき人々を害したるは、義和団のみにあらず、清の悪政のみにあらず、彼らを殺したるは列強なり。
 欧州列強、天道に背き、回心なく突き進みたれば、その非道極まれり。欧州の虐げし無数の人々の叫び天に届きて、諸天使・諸聖人の声をかき消すほどに高まれり。沈黙の中にて座する阿爸父、自らこれを誅することなかれども、列強、愛によらず力によりて道を得んとするによりて、必ずや己の力に頼りて己の剣にて己の身を刺し貫かん。それにても回心なかりせば、重ねて己の身に剣を貫かん。剣に依り頼む者は剣によりて滅びん。そこでまた苦しみ死ぬる神の子らは‥‥。」
 利瑪竇の形相、次第に悪鬼を踏みしだく聖米迦勒の如き憤怒の相にかわりて、我ただ固唾をのみて見守りしが、やがて深き悲しみの眼差しにて窓外を見、穏やかなる顔に戻りて、我に酌して言う、
 「君知るや、かつて鮮卑の南へ下りし時、仏徒と儒者、それに道士相争いてこの国乱れたるを。されど君知るや、幾たびも剣と数珠の飛び乱れし後、国人ら手を携えるを知るを。その痛みと知恵、深かりし。それ、海底より浮かびし一艘の船なり。
 君の母の国にてありし厩戸皇子もしかり。皇子の和をもて尊しとなすと言い給いしは、是、深き悲しみの上にあり。此の言、彼の国の基なり。彼の国を運ぶ船なり。君もし母の国にいたりせば、かの国人らに伝えよ、朝の海に凛然と一人立ちて和を諭し、幾度も迷いたれども心決して朝鮮への兵を引きたる皇子の願いを忘れることなかれ、君、欧州と同じ道を歩むなかれ、と。」
我いえり、
 「忘れじ。我も皇子を敬せり。」



八カ国連合軍と交戦する義和団。1900年、日本を含めた欧米八カ国からなる軍隊が、西太后と結んだ義和団を北京で撃滅した。八カ国連合軍の近代装備に対して、義和団の人々の武器は刀や槍だった。


※1 ただし「天主実義」において利瑪竇は、仏教に対して批判的な言説を展開している。(これに応答する形で仏教側からも反論がなされている。)
 中国における儒教・仏教・道教・基督教の、安易な習合の立場をとらない相互批判は、時に厳しい原理的対立を引き起こしてきたが、結果的には相互に影響しあいながら、それぞれの宗教の哲学的な深化を促してきたといえる。

破折屈伏  折伏。本来は悪人・悪法を威力でくじいて、人を正道(仏道)に導くことを意味するが、俗に他宗派の人を力づくで自宗派に帰依させることを指す。

夫子  先生。中国基督教(天主教・耶蘇教)においてイエスを指す。

尼祿皇帝  ネロ皇帝(紀元37-68年)。ローマ帝国の第5代皇帝。紀元64年にローマを焼いた大火を、キリスト教徒による放火だとしてこれを迫害、小さな子供達に至るまで断罪し、競技場等で“見世物”の一つとして虐殺した。

智天使  天使の一階級。古くは有翼人面獣身の姿で現される。伊甸園(エデン)の生命樹への道を、上帝の据えた旋転焔剣(四面轉動發火焰劍)と共に守護するのも、この天使の一人とされている。

義和団  反欧米の秘密結社。義和団によって241名の宣教師や神父等の教会関係者、また23,000人の中国人クリスチャンが殺害された。その中には小さな子供達も含まれる。義和団の乱(ウィキペディア)
 
阿片売り  清朝中国は、基本的に自給自足の国であり、また中華思想もあって大々的な貿易を行わなかった。そこでイギリスは、貿易による利潤を得るために阿片(麻薬)を大規模に中国に輸出し始めた。阿片に対して知識不足だった人々が麻薬中毒になっていく中、清朝はイギリスに抗議したが、イギリスはこれを受け入れず、欽差大臣の林則徐は、商人から阿片を没収してこれを処分するという強行手段にでた。これに対してイギリスは東洋艦隊を派遣、圧倒的な火力で各地の清軍を撃破、阿片を売り続けた。

阿爸父  あばふ。天主。

聖米迦勒  聖ミカエル。大天使の一人。天軍の総帥とされ、古くはローマ帝国の千人隊長の甲冑姿で現される。焔剣をもち、魔鬼や悪龍を踏みしだく姿で描かれる。最後の審判で善人と悪人を峻別する天使ともされ、その場合は手に剣と秤をもつ姿で描かれる。

鮮卑  中国北方の遊牧民族。386年、華北に北魏王朝をたてた。鮮卑族は仏教を奉じ、皇帝即如来(皇帝が仏として民を守護する)の思想の下で、儒教を奉じていた漢族に対して仏教への改宗を促したため、儒家の反乱を招く。また北魏の太武帝(位423年 - 452年)の時代には、道士寇謙之の主導によって廃仏が断行された。




  1. 2007/04/23(月) 22:43:01|
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周大千の日記 (四) 上海にて 1901年 8月16日

 利瑪竇 注ぎし酒を飲みて、頷き笑いて言うには、
 「されど君、人それぞれに船にあらざれば海路は行けじ、帆を立てざれば風孕むことなし、櫂持たざれば進むことあたわじ。船にあれば波と争い、帆を張れば風と争い、櫂持てば水面と争う。時に、そして終りに海にのまれて命奪われるとも、その一切に助けられて人、前に進みゆけり。
 人、嵐すぎて風清らかなれば櫂放し、安らぎて空と海を見ん。また波荒れたるも人に頼みてしばし安らぐことあらん。されど、永遠に安からんとて櫂を捨てなば、誰か君にかわりて苦しまん。君の友、君の妻、君の子、二つの櫂持て、苦しまん。
 我思うに、人ありせば、かならずや相争わん。君知るや、知りたれば是非我に教えよ、乱れざる人、乱れざる民、乱れざる国、乱れざる宗教 乱れざる仲間、乱れざる家族、此処にありや。君何処に行こうと、人の中にありせば憎しみと争いをみん。人、宗旨・信念・国家・民族・哲学持て憎み争そうにあらず。君の至らなさのゆえに君、憎み争そうにあらず。争うは太古よりあり。憎しみは太古よりあり。命それを抱きてあり。三千大千世界、それを抱えて在る大海なり。」

 我、上げし酒壺を思わず手に固めていう、
 「されば我、いよいよ一切を捨てて大地に生きん。大地にあれば我沈むことなし。」
 利瑪竇、微笑みて問う、
 「大地とはなにか。大地の下にあるものはなにか。大地はまた、熱き海に浮かぶ船にすぎず。それもまた、小千世界に漂う船にすぎず。小千世界もまた、三千大千世界に浮かぶ一艘の船にすぎず‥‥‥。君の想う大地、この世になし。」
 「老師よ、されば我ら、なにに立ちて今を生きん。」




利瑪竇



三千大千世界 小千世界  共に古代インド及び仏教哲学の言葉。この世界が千個集まったものを小千世界、小千世界が千個あつまったものを中千世界、中千世界が千個集まったものを三千大千世界(大千世界・大千)という。三千大千世界で一つの宇宙をなすとされる。恒星系・銀河系・銀河団……全宇宙、というような意味にとってもいいと思う。

  1. 2007/04/21(土) 11:21:56|
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